「徳さん、3丁目の林さんちのリフォームの件、俺が行ってきますよ!いやいや、一人で大丈夫っす。何事も経験っすから!」
と威勢よく出てきたものの、ちょっとだけ緊張してる。
「田中工務店」と書かれたトラックにキーを入れる手が震える。
3丁目の林さんは、昔のこの辺一体の大地主。出入りの業者は昔から代々引き継がれてるところだけで、本来なら親父が一代で築いた小さい工務店なんかを利用してくれるような家柄じゃないはずなんだけど、ひとづてで聞いたらしい親父の腕前と人脈を信じてくれて、5年前からリフォームやら増築やら移設やらで贔屓にしてくれてる。
そんな林さんの家の母屋のリフォームという大仕事が舞い込んだのが先月のこと。
親父が段取りをして、基本の設計と施工はうちがやって、設備屋さんと左官屋さんの手配までをすることになったんだけど、設備屋さんが使ったバイトの仕事が甘くて、水漏れすることがわかってパニクッてるところに、親父が怪我で入院してしまった。
超上級顧客とのトラブルの上に、社長が不在。
職人さんも事務の人もパニクッてて、俺も正直青ざめるばっかりだったんだけど、「あの言葉」を思い出したら、急に勇気が湧いてきた。
俺の家は、男ばっかの5人兄弟。食べるのもトイレを使うのも常に争奪戦、家族仲はめっちゃよかったけど、荒っぽくないかと言ったらウソになる。
実際に中学で相当なヤンチャをして、親父に思いっきり殴られたことがあった。
こんなクソみたいな家、いたって意味ねーって思って、夜に家を出ようとしたら、家の隣に小さく立ってる工務店の事務所の灯がついてた。俺に中途半端に構うから仕事が遅れてんじゃねーかよ、って心の中で毒づいてたら、親父の声が聞こえてきた。
「この度は、うちのバカ息子がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。
二度とあのようなことをしないよう、強く言い聞かせ、いや、身体で言い聞かせておきました。
でも先生、バカ息子は、あんなではありますが、実は心根の優しいヤツで、私が構いきれない母親の誕生日に花を送ったり、小さな弟の面倒を進んでみたり、動物を大切に飼ったりするところもあるんです。
今は私たちが構ってやれないせいで、少し荒っぽくはなっていますが、落ち着けばそういう優しさを発揮できると思うんです。もちろん、今日のことを許してくれと言っているわけじゃありません。
便所掃除なら便所掃除、落第なら落第、なんでも制裁は加えてやってください。
ただ、がんばれば未来がある、がんばれば明日がある、ってことだけは、信じさせてやってください。」
電話で先生に必死に謝ってた。
ぺこぺこ謝ってる影を見て、「相手には見えてねーよ。
親父、バっカじゃねーの」と言おうと思ったけど、喉の奥に塊が詰まって声にならなかった。
ただただ泣けてきた。
俺はバカだった。親父は偉大だった。
がんばれば未来がある。
俺みたいな小僧に何ができるかわからないけど、親父がくれたこの言葉を信じて今がんばることが、俺と、親父の未来を作ることになる。
親父、
早く元気になれよ!俺もがんばるからな!
©Peacsfuldays(たろちゃん)[0回]
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