「どうしてそんなにマスカラをたくさん塗ってるの？」
「え？だって、そうした方が目力がつくかと思って・・」
「そっかぁ。でも、もったいないかもね？」
彼女は、「雑誌であなたの記事を読んで、ぜひ一度やっていただきたくて・・」と、
俺の所属する化粧品ブランドのブースに初めてやってきた客だ。
「女の子が幸せだと、世の中が幸せになる。そう信じてメイクアップの道に進んだ」と
インタビューに答えた俺の言葉がうれしくて来てくれたという。
この仕事に就きたいと言ったとき、悪友には
「それ以上オンナに言い寄られる生活してどうすんだよ」と散々からかわれた。
確かに言い寄られることはさらに増えはしたけれど、俺の気持ちは本当だったから、
そんなことは関係のないことだ。女の子がキラキラと幸せそうに歩く街に不幸は似合わない。
俺はそれを信じて、客、という名前の、大事な女の子に対峙する。
危なっかしくまつげに塗り重ねられたマスカラを、クレンジングを含ませたコットンで、
彼女のいじらしい努力に「よくがんばったね。がんばったね。」と言い聞かせながら、ふき取っていく。
目を閉じて神妙にしている彼女は、実はそれだけでとても綺麗。
「これがキミの本当の目。よく見て。どこが魅力だと思う？」
「魅力って・・・一重で目が大きくないし、まつげはかぶさってて重たいし・・・」
彼女の声がどんどん小さくなる。
「じゃぁ、ちょっと待ってて。」
彼女の「かぶさってて重たい」まつげを、コームでゆっくりとかす。
まつげの１本ずつが、かまってもらった喜びで、イキイキとしだす。
その表情を確認すると、繊維入りでもない、カールの持ちがよくなる成分も入っていない、
オーソドックスなマスカラを、１本ずつに気持ちを込めるつもりで重ねていく。
緊張で頬の赤らんだ彼女の気持ちに「大丈夫。綺麗になるよ。」と呪文をかけるつもりで、
優しく丁寧に重ねていく。
それをただひたすら繰返す。
「ほら、見て」仕事を終えて、彼女に鏡を渡す。
「・・・！」
そこには、女性らしい憂いと、瑞々しい潤いを併せ持つ、
優しくたおやかな目力の彼女が映っている。
見る見るうちに彼女の頬が、緊張の紅潮から、喜びの紅潮へと変わる。口角が上がる。
顎がキュッと引き締まる。こめかみが上がって、表情が数倍華やかになる。
この顔が見たかった。
「こんなに優しい憂いを見せるまつげの、どこがダメなの？」とちょっとからかうように言ってみる。
自分のよさを見つけた瞬間の女の子は、本当にかわいい。
照れたような、でも少し胸を張るような表情になって、
今にも駆け出しそうな生命力にあふれた顔を見せる。
俺はこの顔が見たくて、この仕事をしている。
今度、海外のコレクションのメイクを頼まれた。
もちろんそれにも挑戦するけれど、この輝く表情を見る仕事は、絶対に辞めたくない。
幸せそうにそのマスカラをバッグにしまって、何度も何度も頭を下げて、
頬を赤らめた彼女は、静かだけれど弾みだすような足取りで帰っていく。
彼女は、俺のお客さんでもあるけれど、その前に、大事な大事な一人の女の子だ。
彼女の笑顔が曇らない世の中であってほしい。
壮大すぎてバカバカしいと思うときもあるけど、俺はやっぱりそう信じたくて、
今日もブースに立つ。
©
Peacsfuldays（たろちゃん）
[0回]
PR
